3月6日 高校の後輩、フェンシングの名選手と早稲田大学構内で会いました。これからめちゃくちゃ応援します!

 本日11時、早稲田大学本部キャンパスの17号館に行って参りました。それは、私の母校である平安高校卒でフェンシング部のOさんという名選手に会うためでした。その段取りをしてくれたのが、ソフトボール部3年生でこの事務所にも来てくれているSさんと1年生のYさん。特に1年生のYさんは同学年ということもあり、この1年近くOさんとメール等で連絡を取り合ってくれていました。

 17号館といわれても、私にはピンときません。何だ!以前からあった体育館ではないですか。そこには柔道場、剣道場、合気道道場、その他さまざまあります。現役の時は柔道場にはよく来たものでした。

地下にあるフェンシング場に着きました。すぐに主将が挨拶に来てくれました。しっかりした主将です。その後Oさんが笑顔で私ら3人を迎えてくれて、4人は椅子に座り、Oさんと私は平安高校の先生方の話。年齢差はめちゃくちゃありますが、先輩後輩良いですね。Oさんとは初めて会ったのに、もう以前からの友人みたい。ときどき私がソフトボール部の二人に話を振り、大学での楽しい話に4人は笑顔いっぱいでした。

私は、彼女へのお土産として平安グッズを沢山持っていきました。タオル、手拭い、手帳、メモ用紙、クリアファイル等、これらには全てにHEIANの文字が入っています。全部気に入ってもらい良かったです。

12時ジャストにフェンシング場を出ました。出るときは、選手の皆さんにしっかり挨拶。そこは「礼入って礼に終わる」です。Oさんをお昼ご飯を誘いましたが、この後はコンビニでおにぎりを買って、北区の西が丘で再び練習をするとのこと、凄い!凄い!立派!これ以上は誘えません。

12時10分に残された3人で、日本ティーボールセミナーでおなじみの「たかはし」に行くと、満席。そこで近くの「ドトール」でちょっとコーヒーを飲んで時間待ちし、ソフトボール談義。13時になったので、再び「たかはし」に行くと、4人が座れる席がちょうど空きました。3人は二重弁当を注文、そこで私は「たかはし」との思い出話。「この二重弁当は、50年食べているよ」というと、2人は仰天したような様子。

それは昭和50年、私が体育局に助手として採用されてから、研究室の筋向いに「まんふく」食堂があった。そこの壁には、今でいう上皇様のご成婚の時に料理した旨賞状が掲げられていた。そこで修行をしていたのが、今の「たかはし」のご主人の親父さん。したがって、その時の二重弁当の味とほとんど変わらずに現在も提供されているのです。

今年は昭和100年でしょう。長い付き合いです。

来週13日は夕方から稲門体育会常任委員会が開催されますが、その時もこの二重弁当が出されます。

食後は、高田馬場駅までは地下鉄やバスには乗らず「馬場歩き」。しかもその通る道は、バス通りでなく諏訪町経由。そうすると左に学習院、右に私が大学1年生の時に下宿していた所の近くを通り、明治通りを左に曲がり、学習院の正門を見て、隣は名門戸山高校。そこで明治通りを横切り、ようやく早稲田大学理工学部に到着。正面から構内を横切り、左右に立派なビルを見ながら、私が二人に説明。「ここになあ、昔軟式(ソフト)テニス場があったんだ、その隣に多目的グラウンド、そこは、私が大学1年生のころソフトボール同好会の練習場だった。その時の部室代わりが私の下宿、私の部屋には同好会員のグラブ等が沢山あって、汗臭くて大変だったよ」と。

その後戸山公園を後にして、高田馬場駅へ。そこで2人と別れて、先ほど事務所に戻ってきました。

今日は母校の後輩と話ができ最高の気分でした。4月24日から27日まで開催される「第6回全日本学生フェンシングカップ」に応援に行くことを決めました。

3月27日には平安関東同窓会の幹事会を新宿で開催します。10人ほどが集まりますが、良い土産話ができました。Oさん、ありがとう!

Oさんをコンビニのおにぎりではなく、「たかはし」に連れて行きたかったのですが、残念無念。ネキスト・タイムということでしょうか。

楽しい一日でした。