7月10日 ブラジル考(その2)
ソフトボール五輪復活に向けて 早大ソフトボール部がブラジル支援!ティーボールの普及にも貢献
2000年3月号のベースボールクリニックにおいて、当時大学院2年生であったI君は、「ブラジルでソフトボールの投手を指導する合間に、日本式ティーボールを紹介した」と記しています。
当時のブラジルでは、アメリカからの硬くて、小さなボールを、金属製(アルミ)のバットで打つというティーボールが導入されていたため、小さな子供には危険であるとして普及していませんでした。そこでI君が日本から持参した日本式ティーボールの柔らかいボールやバットを見せると、指導者たちの態度は一変したそうです。I君の投手指導は3日間と短い間ではありましたが、インパクトは物凄くあったと報告を受けていました。
彼の指導の後、10年間にわたって早稲田大学男子ソフトボール部員が毎年2人ずつブラジルにソフトボールとティーボールの指導に行きました。
2000年にはインカレ準優勝時のバッテリー、2001年、2002年、2003年はエースと主将、その後も当時のエースと人間的に優れた部員を一人ずつ選考して、派遣しました。
I君が指導に行ってから9年後の2007年のサンパウロのニッケイ新聞には、「ソフトボール五輪復活へ 早稲田吉村総監督が一肌脱ぐ!ブラジルから世界一の投手を」という見出しで記事が掲載されました。その時は、S助教授、エースのY君、学生ながら日本代表に選ばれていたA君、計4名で指導に行きました。ナショナルチームの指導は私が、各地へは学生2名が指導に行くというものでした。
2007年2月2日のサンパウロ新聞にも、前出の記事と同様、「世界のトップを目指して 女子ソフト強化指導に 早大ソフトボール部吉村正総監督ら来伯 有望選手の日本研修も リオ五輪開催、ソフト復活も」が見出しでした。
指導を終えた3月10日のニッケイ新聞には、「ブラジル女子ソフト強くしたい」「“世界一”の総監督、早大の吉村さん 指導、充実した11日間『リオ五輪』があれば正式種目の可能性 5月、3選手を日本に招く」という見出しで再び記事が掲載されました。
帰国した私は、ブラジルの3選手を日本へ招待するために、すぐに行動を開始しました。
以下の書簡を、2007年3月25日に「在サンパウロ日本国総領事館 査証担当領事殿」 宛に送りました。
差出人:「早稲田大学人間科学学術院 スポーツ健康マネジメント(吉村正)研究室 教授 吉村正(ソフトボール部総監督)。
招待者:ナショナルチームのコーチ兼トレーナー1名、エースの2名。
滞在期間:5月16日から6月3日まで。
訪日目的:①早稲田大学ソフトボール部(今年度大学日本一)との合同練習と見学、②早稲田大学人間科学部見学、③女子ソフトボール日本リーグの観戦、④大学ソフトボール東京一部リーグ戦の見学、⑤早慶戦(野球)観戦。
費用:※負担先についてはここでは省略。
約20日間の指導を終えた後、この試みを読売新聞が2度(5月9日と7月19日)、また早稲田スポーツも6月2日に記事を掲載してくれました。以下、読売新聞の見出しを紹介します。
5月9日、読売新聞:「五輪復活へ逆転の発想」
7月19日、読売新聞:「早大ソフト部ブラジル支援 選手招待」
次に、早稲田スポーツの記事を紹介します。6月2日の早稲田スポーツに、「ソフトボール五輪復活へ ブラジル強化計画」という見出しで、学生記者であるY君が書いてくれました。
「『北京を最後にソフトボールが五輪種目ではなくなる。それは非常に残念』こう語る早大ソフトボール部・吉村正総監督(人教授)は五輪での競技復活のために立ち上がった。そのための柱としたのが、ブラジル女子ソフトボールのナショナルチームの強化だ。なぜブラジルなのか。吉村監督は2016年、リオデジャネイロで五輪が行われる可能性が高いことに注目した。ブラジルの経済発展が著しいことや、南米でまだ一度も五輪が開催されていないことが主な理由だ。(略)
実はもともと早大ソフトボール部とブラジルの関係は深い。8年前から毎年2名の部員をブラジルに派遣し、ソフトボールの指導や普及に努めてきた。前回は監督自らブラジルに渡り、女子ナショナルチームを直接指導するという熱のこもり様だ。今回はその一環として、ブラジル女子ナショナルチームのエース2人とコーチを早大に招いた。ソフトボール部と一緒に練習する3週間、吉村監督は付きっきりで指導に当たる。男女ともに日本一を経験したソフトボール部と、一国を代表するエースの交流は良い相乗効果もあるはずだ。(略)
目下の目標は、7月にリオデジャネイロで行われるパン・アメリカ大会でいい結果を残すことだ。ソフトボール五輪復活へ。吉村監督の挑戦は続く」と。(その3に続く)
