8月25日「荒川博野球塾」発足(パート3)
長嶋茂雄様の魅力、そしてその見事なスピーチを紹介します。
海部俊樹先生のお祝いの言葉の次は、長嶋茂雄さんからもご挨拶をいただきました。私にとっては憧れの野球選手。立教大学時代あの縦じまのユニフォーム、中学高校時代どれほど憧れたことか。早稲田大学野球部とほぼ同じくらいでした。有名な茂林寺グラウンドでの猛練習、砂押監督からの千本ノック、大宮球場でのバックスクリーンへの大ホームラン。巨人軍入団時における契約金の高さ。開幕一軍金田さんから連続3三振。夜は近所の友達と、昼は学校の友人と、話題はいつも長嶋さんの話でした。
さて、その長嶋さんがどんな話をなさるのだろうか。会場関係者の全員が興味深々でした。当日の長嶋さんの挨拶文を、以下に掲載させていただきます。
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「越智さんの過分なご紹介を頂きまして大変恐縮であります。今日会場の皆様方も、おそらく荒川さんという野球人としてのまたスポーツマンとしての理解を十分熟知した方々ばかりだと私は確信を持っております。言うまでもなく私も荒川さんとはかつての古い九連覇時代にもご縁がありまして、世間的にはもう今や世界的に伝説になっております王選手のフラミンゴ打法完成の経緯というものは、一番目の前で見ておりました。当時は精進努力は当然のことでありますけれども、王選手の荒川さんとのマンツーマンのあの指導が私の野球人としての心の片隅に重く、またしかも強く残っている、そういう野球人の一人であります。今回荒川さんが塾長という形で立ち上がっていただきまして、私どもの先輩がむしろ今の時期にはやや遅し、という感もいたします。しかしこうやって新たな世紀を迎えたこの年に、塾長としてスポーツを推進するという役割の一端を担う形で発起人の名を連ねたことを私も大変光栄に思いますし、同時にまたできる限りの協力をする環境を与えられましたら、はせ参じて荒川さんに協力したいと、そう思います。今こうやって王監督ともども現役という形でおりますし、いずれはユニフォームを脱ぐときもあるでしょうけども、そういう時期になりましたら時間の許す限り協力していきたいとこう思っております。おそらく荒川さんも野球人生の中でもそろそろ晩年を迎えておると思います。おそら<70近いご年齢ではと。先程海部先生に年のことを大変不躾にお聞きしたのですが、おそらく一つや二つの差だろうと、お答えをいただきました。どちらが先輩とは言いません。またどちらが後輩とも言っていただかなかったのですが、荒川さんもこうやって表情を見ますと非常に温和な表情に変わっております。あのV9時代の指導方針、そして指導理念というものはもう伝説になっておりますけれども、荒川さんのやはり一番素晴らしいことは、こうやって70を迎えたこの年齢になっても、何といっても際立った技術力はもちろん当然でありますけれども、一つ挙げろと言えばやはり指導力、情熱です。その情熱の支えがやはり野球人の気力というものを非常に荒川さんがおのおの、当時のチームの担当コーチあたりを見ますと、おそらく際立ってまじめでした。その荒川さんが王監督をああやって世界のホー ムランバッターに育て、私もその頃隠れたおこぼれとは言いませんけども、広島、名古屋、大阪、ことある毎に、荒川さんと接する機会が長いとき に、よく荒川さんの門を叩きながら、指導をやってもらいました。また荒川さんというのは、その場の指導力ではなく、目先にとらわれることなく、 常に長期的なビジョンを持ちながら、野球シーズ ン半年となりますともう秋口、晩秋近くのイメージ、そして春先のトータルを見ながら指導方針を立て、さらにですね、コーチの皆さん方から見れば、つい目先に振り回されて遠回りしてみたり斜めに入ってみたり色々するのですが、荒川さんは終始一貫、根気と指導力と、同時にまた選手は非常にわがままですから、いいときはどんどんのりがいい、ちょっと体調の不調をとなえますとやや逃避するというのはありますけれども、終始一貫変わらぬ愛情を持ってそして指導したという。おそらく僕の40年近いプロ野球生活の中でも素晴らしい指導者一人、長嶋挙げて見ろ、と言うならば、もう猶予迷わず荒川博さんを僕は挙げたいと思います。もちろん、それを支えてくださっている、奥さんもしばらくぶりでお目にかかりましたけれども、ご挨拶して非常に昔と変わらぬ、奥さまがきちっと隠れた内助の功で支えてくださったということはこの目で幾度なく、何べんとなく見ております。荒川さんの家にも時にはお伺いし、そして色々練習の終わった後にも暖かい食べ物、あるいは夏には冷たいジュース、色々いただいたあのイメージがいまだにきちっと残っております。荒川さんも一つどうかこれから新たな塾、そして大勢の今日の皆さん方の暖かい賛同のもとにこの塾の益々の隆盛とそしてスポーツという素晴らしいマインドを普及、啓蒙することに精進努力してもらえれば大変ありがたく思っております。くれぐれもどうか一つ体調にはご自愛なさっていただいて、どうか一つ頑張っていただきたいと陰ながら大変応援しております。取りも直さず、今日はおめでとうございました。」
「荒川野球塾発足 (2001年1月20日)於 椿山荘」 「編集委員会委員長 吉村正 発行者 日本ティーボール協会(会長 海部俊樹) 2001年5月10日発行」より
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素晴らしいスピーチでした。
長嶋さんはこのスピーチの後、「巨人軍駒田選手の2000本安打達成を祝う会」に出席するために中座されました。その後、登場されたのが、あの野球の神様川上哲治さんでした。そのお祝いの言葉は、次回に紹介します。
