9月29日 鶴書房の推薦文は神田女子高校御喜正先生にお願いいたしました。御喜正先生と私の関係も紹介します。
本日は、昭和53年9月に鶴書房より出版した「ソフトボール:プレーを楽しむために」。本書では、私の早稲田大学の先輩である御喜正先生に「推薦文」を書いていただきました。
1977年8月、中国の「ソフトボール・ナショナル・チーム」が初めて日本に来ました。最初にプレーした場所は、東京都新宿区の早稲田大学安部球場(硬式野球場・現在の早稲田大学国際会議場)でした。その時、私は32歳で、早稲田大学体育局の助手でした。当時は、「写真で見るソフトボール」(成美堂出版)がベストセラーになっていて、さらに3、4社の出版社より、「ソフトボール」の単行本の執筆依頼が来ていた時でした。毎日夜遅くまで、原稿を書いていました。
大学本部から、私の体育局の研究室に突然電話があり、「この夏、中国のナショナルチームが日本に初めて来日する。そのお世話を宜しく」という依頼でした。当時私はまだ若く、テレビの解説はお断り。早稲田大学のOBで、高校教諭でソフトボール部の監督にお願いし、私は安部球場のグラウンド整備を担当。その関係で、中国の選手たちと同じ目線となり、団長、監督、選手達と接点が多く持つことができ、結果的には、その後、とても幸せな思いをさせていただきました。
その時の中国ナショナルチームのエースであった李念敏投手は、今もって連絡を取り合っています。ついこの間も、電話で「李念敏さんが早稲田大学に最初の来たのは1977年だよね」と確認したところ、彼女からは、「そうです。確か8月でしたよ」という返事がありました。その時の中国ナショナルチームの対戦相手は、東京高校選抜チームでした。初来日の中国チームは、まとまりのある良いチームでした。
そして、このときにテレビでの解説をお願いしたのが、御喜正先生でした。また、本書の投手モデルとなったのは、この時の東京高校選抜のエースでした。
御喜正先生とはそのような強いつながりがありましたので、推薦文を書いていただいたわけです。以下、「推薦文」の一部をご紹介いたします。
「吉村氏は、ハワイに留学し、本場アメリカのソフトボールを原書と実技で勉強した。こういうオーソドックスなソフトボール研究をした者は、今までの日本にはいない。その成果は、氏の既刊の著書や学術界での論文を通して、高く評価されている。また、氏は燃えるような向学心、鋭くユニークな考察力、ものすごいスタミナに溢れている(後略)。(御喜正日本ティーボール協会常務理事・ルール委員長)」
【引用文献】
御喜正(1978)推薦文, 吉村正著「ソフトボール:プレーを楽しむために」, 鶴書房,(表2より)
