2月22日「オリンピック66年間の思い出。メルボルン、オリンピック辞典、そして、東京&北京オリンピック 将来に向けて2022年、北京オリンピックが閉幕しました。」
私がオリンピックに興味を持ったのは、今から66年前、1956年オーストラリアのメルボルンで開催された16回大会でした。当時11歳で、競技の結果と内容、それに自分のコメントを書いて、壁新聞を作成して、毎日クラスの後ろの掲示板に安全ピンで貼り付けていました。オリンピックの最終日、閉会式後に担任の先生から、初めて褒められたのを今もって覚えています。小学校4年生か5年生の時でした。
当時は、体操は鉄棒の小野喬が優勝、金メダルで「小野(鬼)に金棒」とよく言われました。水泳は高校生の山中毅が、オーストラリアのピート・ローズと400メートルと1500メートルで大接戦、両種目とも銀メダル獲得。その後、彼は早稲田大学に入学、ローズ、それにアメリカのコンラッズとの一騎打ちは今でも伝説となっています。また、日本のお家芸水泳の平泳ぎのでは、古川が、独自に編み出した「潜水泳法」で金メダルを獲得。その後、この泳ぎは禁止されました。また、この大会では、日本のレスリングが強く、フェザー級笹原正三が金メダル。ライト級で笠原茂が銀メダル。「剃るぞ」で有名な八田一郎氏が指導者の一人だったと記憶しています。これらの皆さんの活躍を、京都新聞のスポーツ・オリンピック面を切り抜いて、そこに私のコメントを書きたす作業を毎日行いました。
それから25年たった1981年、私は「オリンピック辞典」(発行所:株式会社 プレス・ギムナスチカ)の執筆者の一人となっていました。当時は、早稲田大学体育局の専任講師。担当科目は、「ソフトボール」「野外活動」それに研究テーマは、「体育」と「健康教育」でした。でも、オリンピックは「三つ子の魂百まで」ではないですが、興味津々、そんな時、先輩教授である窪田登先生から、オリンピック・アカデミーの会員にならないかと、お誘いを受けました。それは、私が、当時ソフトボールの「指導書」を書きまくっていた、更に、私がオリンピックにとても興味を持っていたことを、先生は知っておられたからです。「吉村さん、世界にオリンピック・アカデミーと言うオリンピックを研究する機関がある。僕は、その日本の会長だ。君も入会しないか?」と。断る理由はありません。二つ返事で、「お願いします」。その2・3年後に、この「オリンピック辞典」(820ページ)編者:日本オリンピック・アカデミー、監修:日本オリンピック委員会が発刊されました。
その時の巻頭言は、日本オリンピック委員会常任委員鈴木良徳氏、日本オリンピック・アカデミー会長窪田登氏、国際オリンピック委員会副会長清川正二氏、国際オリンピック議長OTTO SZYMICZEK(オットー・シミチェック)氏 日本オリンピック委員会委員長柴田勝治氏、そして、推薦の言葉は、鈴木祐一氏でした。錚々たる顔ぶれ。当時としては、最高のスタッフによって書かれ、そして編纂されたものでした。
それから、41年たった今日、この「理事長からのメッセージ」で、昨年は東京、今年は北京オリンピックを書かせて頂きました。感謝です。以前ほどの迫力、突破力、文章力、分析力、情熱、情報収集力等はありませんが、日本協会の仲間の理解があり、オリンピックを自由に書くことが出来ました。この度は、66年前の小学校4年生クラスの40人の読者よりは、多いようです。執筆者冥利に尽きます。ありがとうございました。
そして、最後は、この北京オリンピックで考えさせられた二つの思い出を書きます。
先ず一つ目は、フィギュアスケートのカミラ・ワリエワ選手のコーチ、エテリ・トゥトべリゼ氏です。彼女の厳しい指導と、失意の15歳に対する詰問、「アクセルの後は流したの。なぜ」。「アイドンビリーブイット」。銀メダリストのトルソワ選手も同じコーチだったそうですが、フリーの演技終了後にコーチと言い争いをされていました。
でもこの件で、新聞を読んでいると、あの「秋田犬」で有名な平昌オリンピックの金メダリストのザギトワさんが会場に来ていて、ワリエワ選手を励ましたそうです。これも嬉しい記事でした。ザギトワさんはまだ19歳ですが、もうすでに引退している。なぜ、金メダルを取ったときは確か15歳。異なった角度からロシアのフィギュアスケートを考えさせられました。
二つ目は、ワリエワ選手の裁定を決定したスポーツ仲裁裁判所(CAS)について。
今、我々日本ティーボール協会では、コンプライエンス委員会を通して、スポーツ組織の「ガバナンス」や「利益相反管理」等を、勉強中です。もう少し勉強してから、この件について、コメントを出したいですね。
オリンピックの「光と影」。いつの時代でも、この問題が必ずあります。この「理事長からのメッセージ」では、コロナの暗いご時世ですので、出来るだけ明るい話題「光」を皆さんにお届けしたつもりです。でも、オリンピックの多くの「影」の部分も、我々は正しく理解しておくことが重要です。それが、これからのオリンピックが生き残るためにもです。
66年間の経験から。オリンピックの反省を関係者の皆さんしっかりとお願いします。
この2週間、お付き合い頂き、ありがとうございました。
