2月17日「15歳の春は泣かせない」京都の蜷川知事の名言。ワリエワ選手、高校受験の中学生の真の笑顔が見たい。
今日の日刊スポーツは、カミラ・ワリエワ選手(15歳)が一面トップ。その見出しは、「薬物新たに2種類検出か」「メダル授与式なし 今日異例のフリー」記事の内容を読むと、「16歳未満の『要保護者』を理由にドーピング違反が確定しないまま、スポーツ仲裁裁判所(CAS)から個人出場を認められたワリエワは・・・」とあります。競技しないでスポーツ紙の一面トップは、何か不自然です。
私は、この問題で意見を述べようとは思いません。それぞれの分野の専門家が、知恵を絞ってご判断されるべきでしょう。ただ、「要保護者」と言う「保護者」のことが問題になると思います。一読者としては、彼女の「保護者」は、誰なのか、ご両親なのか、親戚の誰なのか、彼女を指導した監督あるいはコーチなのか、それが知りたいです。私は監督を長くやりました。現在でも総監督。二人の子の父親でもあります。子どもが15歳の時の「保護者」はどうだったか、難しい問題です。
同じ日刊スポーツの一面の下には、週刊文春の広告。電車通勤の時、この広告をみながら、職場に通っていました。今は、車中の中吊り広告は無いようですが・・・。もっと古くは、テレビで「谷内六郎さんの表紙でおなじみの週刊新潮は明日発売されます・・・」とよく宣伝していました。あれは「新潮」か。「文春」と違うのか。私は週刊誌はほとんど読みません。今日の広告、週刊文春も週刊新潮も「15歳の高校受験」の記事が、あれこれと賑やかです。
私が「15歳」の時は、京都府知事は、有名な蜷川さん。彼の名文句が「15歳の春は泣かせない」。これは何を意味するか知っておられますか。「15歳」。義務教育の中学校から社会に出て就職するか、高校へ進学するかを決めなければなりません。その折、あの子は頭がいいからあの学校、この子は野球が上手だからその学校、と生徒の回りが煩いのです。そして、受験して不合格になったら、浪人。これは15歳の少年・少女にとってとても辛いことです。ですから京都府の蜷川知事、高校までは、皆が比較的楽をして、どの公立(府立)高校でも入りやすくする。そして、「15歳の春は泣かせない、青春を楽しみなさい」、という政策だったと思います。
私にとってはこの政策は最高でした。中学校時代は高校受験の心配なく、好きな野球を日が暮れるまで楽しく、全力でプレー。そして、試験週間の直前だけは、徹底して勉強をする。私に合っていました。それでも弱冠15歳。高校受験の時は、最後の最後まで迷いました。それは、公立普通高校で勉強中心で、余暇に部活で野球をやるか、あるいはその反対に、野球を徹底的にやって、試験週間だけ勉強するか、どちらを取るかです。私が出した結論は、後者、野球をやるです。「要保護者」の父・母はこの進学の件では何も言わず(私が相談せず)、相談した姉は「勉強せよ」と前者を進め、兄は「野球をしても良い」と後者を押してくれました。
「要保護者」が、私の最終判断を尊重してくれたことは、今もってとても感謝しています。京都の平安高校では、自分の納得する高校生活を送れました。甲子園に憧れて、憧れて、でも甲子園のスタンドで先輩を応援することは出来たが、自分でその土を踏むことは出来ませんでした。春も夏も京都の予選で敗退しました。当時高校野球の名門中の名門、平安高校が春夏甲子園に出場できないなんて何十年振りか。新聞紙上で、叩きまくられました。でも、その高校への進学・選択は、私とって甲子園で活躍できなかったことの悔しさはありますが、長い人生において考えると、全くの後悔はありません。自分で決めたことですから。
15歳の諸君!「15歳の春は、泣くな、将来はこれからだぞ‼進路は決められるものであれば、出来るだけ自分で決めろ」。でもアドバイスは「保護者」から貰いなさい。そして、悩んで、悩んで、最後は自分が決断せよ!決めたらその道を究める努力をしようぜ、おい!
15歳のワリエワ選手、今晩はメダルのこと、表彰台のこと、薬のことを忘れ、彼女の技術や表現力、また、精神力や忍耐力等、溢れるばかりの才能をじっくりテレビで観させてもらいます。
15歳の若者から、真の笑顔を引き出す指導をするのが、我々「保護者(監督・コーチを含む)」の務めですよね。
