4月16日 過去の研究論文をしっかり読み直して、より正確な内容を読者の皆さんにお届けすることが極めて重要です。

 昨日の「理事長からのショートメッセージ」では、ディー・ボール、キッツン・ボール、ツワイライト・ベースボール、パンプキン・ボール、インドア・ベースボール、プレーグラウンドボール、レクリエーション・ボールなどのベースボール型球技について解説しました。書いた内容が間違ったものでは読者の皆さんに失礼だと思い、事務所の来る前に、私の書斎で過去に私が書いた研究論文を取り出し、読み直してみました。昨日書いた内容は、ほぼ正しかったのです。

 取り出して読み直したのが、以下の研究論文となります。

1)1975年12月、「桜門体育学研究」第10集(日本大学文理学部体育学研究室発行)、吉村正「アメリカの産業革命期に再創作(レクリエーション)された球技の合理性における一考察」

  • 1977年、「早稲田大学体育研究紀要」第9号(早稲田大学体育局発行)、吉村正 「レクリエーション球技における一考察―ベースボールとソフトボールを中心としてー」

3)1979年、「早稲田大学体育研究紀要」、第11号(早稲田大学体育局発行)、吉村正「ソフトボールの歴史的考察―起源から名称統一までー」

4)1983年、「早稲田大学体育研究紀要」、第15号創立百周年記念号(早稲田大学体育局発行)、吉村正「明治時代におけるソフトボール(ベース・ボール)の歴史的研究」

4の創立百周年記念号の巻頭には,当時の体育局長の窪田登先生(初代人間科学部スポーツ科学科主任)の「特別寄稿:早稲田スポーツの展望」、更に、座談会として「21世紀のスポーツと早稲田大学」が掲載されていました。

座談会の出席者は、大西鐵之祐、道明博、佐藤千春、上田雅夫、吉村正。私はこのことをすっかり忘れていました。私以外の先生方は50、60歳代の錚々たる名の知れた教授ばかり。私はまだ37歳でした。

 その座談会の冒頭、司会であり編集者の加藤清忠先生(元人間科学部学部長)が、「スポーツの概念について、最初の出発点のあたりを吉村先生からお話を頂ければありがたいが・・・・」から始まりました。私は「スポーツと体育の概念区分、定義、語源ということでありますが、これについて私なりの考え方をお話させていただきます。(後略)」と話しています。

 同誌も1993年の「早稲田大学体育学研究紀要」第25号になると「体育研究」ではなく「体育学研究」となっています。体育の研究が進んできたのが分かります。

その年の私の研究論文は、「小学校『教科体育』におけるソフトボールの研究」でした。これは丸山克俊先生と共同執筆でした。この1993年は、11月22日「日本ティーボール協会」を発足させた年だったからですね。

 以上、本日の「理事長からのショートメッセージ」では、50年ほど前に書いた研究論文を読み直した結果、20歳代、30歳代に書いた研究論文は、今でもよく覚えている、ということを書かせていただきました。次回は、前出の3本の研究論文を熟読しながら、さらにアメリカでのソフトボールの起源、歴史、本質等について言及していきたいと思っています。そこでは、別の先生が、今から50年ほど前に刊行された百科事典に「ソフトボールは、野球の副産物として誕生した。冬場にプレーするゲーム」と執筆された内容に真っ向から反対したエピソードも紹介したいと思っています。

 今回は、過去に書いた論文、著書、評論等を読み直すことが大切だということを改めて感じる機会となりました。