4月17日「タウンボール」(現在の12インチソフトボールの原型)から今日の「ベースボール」へ。一方、ソフトボール型球技は?
本日は、「タウンボール」(現在の12インチソフトボールの原型)から「ニューヨークゲーム」、そして現代ベースボールの父と言われる「アレキサンダー・J・カートライト」提案のベースボールについて説明します
1.「タウンボール」=「現在の12インチソフトボールの原型」
1830年頃プレーされ、その規則は以下の通りです。
- フォーコーナー(4角形・正方形という意味)1辺が60フィートの4角形。1・2塁間、2・3塁間、3本間が60フィート。ただし、打撃席(今日でいう「ホームプレート」)から1塁までは、30フィート。
【考察】当時のボールは大きく、柔らかいものであったため、ボールは遠くへは飛ばず、打撃席から1塁までは他の塁間の半分の距離で楽しく遊べたのです。各塁間の距離からして、現在プレーされている12インチソフトボールの起源と考えるのが妥当です。
- 投手は、ピッチでスローは認められていない(ピッチとは下手投げで、スローとは上手投げ、あるいは横手投げという意味)。
- 打者は、打撃した後、1塁、2塁、3塁、本塁と走ること。
- 走者は走塁中に野手にボールを投げ当てられると、アウト。
【考察】②は完全に今でいうソフトボールの投手。③はいわゆる逆走の禁止。④はボールが柔らかいことが容易に想像できる。
タウンボールがプレーされ始めたころからアメリカの産業革命が始まり、柔らかいボールからより硬いボールも作れるという技術が進歩してきたのです。それに伴い、ベースボールもより競技性の高いゲームにしよう、それを楽しもうと考える人たちも出てきたのです。
次に、紹介するのが、現在のベースボールへと1歩前進した「ニューヨークゲーム」です。
2.「ニューヨークゲーム」その規則は以下の通りです。
①ファイブコーナーズ(五角形のベースボール型球技)。
②打撃席と1塁の間が48フィート(タウンボールより18フィート長くなっている。これはボールが少し硬くなり、打球が飛ぶようになってきたことを示すものです)。
③1・2塁間は60フィート、2・3塁間は72フィート、3・本間も72フィート。
【考察】ボールがより硬く、小さくなり、打球が速くなり、塁間がだんだん長くなってきたのです。フィルダー(野手)はイン(内野手)とアウト(外野手)に分かれていったのです。
3.「アレキサンダー・J・カートライト(近代ベースボールの父と言われる)のベースボール」
以下がその規則です。
- フォーコーナーズ。本塁から2塁まで歩いて42歩、1塁から3塁まで歩いて42歩。そうすると1・2塁間、2・3塁間、3・本間を結ぶ距離は約90フィートとなる(現在の塁間は90フィート)。
- 投捕間は46フィート。
- 1チーム9名。
- 両チームは交互に攻撃する。
- 試合は、21点先取したチームが勝利となる。
- 投手の投球はピッチであってスローではない(下手投げで投げなければならないという意味。まだまだソフトボールの規則が残っていたのです)。
- 1塁と3塁の範囲の外に出た打球はファウルである(クリケットは360度どの方向にでも打てる。それがベースボールでは制限されたのです)。
- 走者は1塁に着くまでにボールが1塁上の敵の選手の手の中にあるか、途中タッチされるとアウトである。
- 選手は順番に打つ。
- 3人アウトになれば攻守は交代する。
- 試合は、審判によって裁定され、選手の抗議権はない。
【考察】以上の規則は、機械工業が発展し、硬いボールを作ることができ、より強く、より速く、より技術力の高い「現代のベースボール」へと進んでいくきっかけとなったのです。一方で、「いつでも、どこでも、誰でも、手軽に、楽しくプレーできる数多くのソフトボール型球技」も、1860年代に南北戦争という試練があったにもかかわらず、全米に広がっていったのです。
