第9回日本ティーボールセミナー

2002年1月19日(土)開催

◆ 『荒川博野球塾』スタート
◆ 『 教科体育ティーボール』スタート


開催要項

➡ 第9回日本ティーボールセミナー実施要項(PDF)

開会宣言
日本ティーボール協会副会長 吉村正

 皆さん、おはようございます。本日は、北は北海道から南は沖縄、宮古の方もいらっしゃいますけど、全国各地からお越し下さいましてたいへんありがとうございます。今、 日本のティーボールは大変な広がりを見せております。それは皆様方が、それぞれの土地で、職場で、学校で、ティーボールのために全力投球していただいているお陰であると心から感謝申し上げる次第であります。また、今年の4月からは小学校の3年生、4年生、5年生、6年生で、いよいよ正式にティーボールがプレイできるようになりました。また眼を世界に向けますと、今年こそは海部俊樹先生を団長としてジョージ・ブッシュ大統領のホワイトハウスのサウスローン(南庭)で、アメリカの代表チームと日米親善子供のティーボール大会ができるのではないか、なんて事も考えております。
 ティーボールのこうした日本での広がり、世界での普及があるのも、海部俊樹先生が日本ティーボール協会会長をお務めいただいている賜物であると存じます。海部俊樹先生にはここで改めて心から感謝申し上げます。その海部俊樹先生が、この第9回日本ティーボールセミナーにお越しいただきました。今、私はドキドキしています。海部俊樹先生をお迎えしての第9回日本ティーボールセミナー、思い切り実りよい会になる事を心からお祈りしたいと思います。
それでは、これより第9回日本ティーボールセミナーの開会をここに宣言させていただきます。


会長挨拶
日本ティーボール協会会長 海部 俊樹

 皆さん、こんにちは。吉村先生には悪いけれども、先ほど先生は「おはようごさいます」と挨拶したでしょう。僕は反射的にパッと時計を見たらねえ、あれ12時だよ。今日は、紹介しなくてもヘアースタイルを見れば分かりますが、松浪教授がいらしています。我々の朝の勉強会は8時ですよ。そして、朝食は党の職員みんなで手分けして買い集めたおむすび。食べるときには冷たくなってるのね。残念ながら小さい政党には、その冷たくなったご飯を温めてから出すだけの設備がありませんし、あったとしても、もっと早くから職員は来なければならんから、「冷たいままでもいいんだ。こういうのを食べると、明治の先輩のように長生きできるんだ」と、私が率先して食べています。それで長生きできるかどうかは、ちょっと学問的な裏付けはありませんが、とにかく朝そういうものを食べて勉強会をやる。8時の勉強会で会ったときは、「おはようございます」が素直に出るんですがね。吉村先生、12時近くになったらねぇ、「こんにちは」だと思うな。いや、謝る必要ありません。あなたは日ごろ立派にティーボールのために努力していただいている。
 考えてみると、今日もいらっしゃる荒川さんはじめ多くの方々から、ティーボールの協会をどうやって作って行くか、というご相談を受け、この早稲田大学で行われた最初のセミナーから出てくれと言われて出ています。そして、今日が第9回の大会だと言いますから、もうあれから約9年経つということになるわけです。あの時、荒川さんや吉村先生のお話で私を納得させたことは、「小学校や中学校の初めの頃に、間違ったフォームで力いっぱい投球をやると肩を壊す。肩を壊したら野球型のスポーツだけでなく、様々なスポーツができなくなり、豊かな人生でなくなる。上手に投球できないことでも同様。そうした部分を、ティーボールがカバーして行けるんです」。なるほど、と思って「よし、それならば徹底的に応援してやろう」と、仲間に加わったのです。これまで、吉村先生を先頭に立てて、いろいろやってきました。今では、プロ野球でその名も高い荒川さん以下、プロの世界で選手やコーチとして活躍された経験を生かした指導活動も行っています。これに関連した話で、この間、私はびっくりしたんですよ。今日は集ってくれませんが、第8回のセミナーや荒川博野球塾発足記念パーティーでは、王さんも来ておったし、長嶋監督も来ておった。そのパーティーのとき、「野球界の天皇陛下」と言われる川上さんが私のところに「海部さん、お世話になりますよ、色々。いい事やってくれますね」と、挨拶に見えたんです。これは、荒川さんや他の人達が、今日まで努力してきた積み重ねであります。
 結論は急ぎますが、本当は今年の今頃は、ホワイトハウスの南、あそ こにホースシューというものを練習する競技場がありますが、そこで、日米の子供達を集めてティーボール大会が行われていたはずなんです。私が最初に首脳会談で行った時に、ブッシュ大統領は「もう難しいことを抜きにして、“トシキ’’と‘‘ジョージ”の関係でいこう。“トシキ”こっちに来い」と言いますから、「いやあ、あなたは私の人生の大先輩であるし、そんな“ジョージ”なんて呼び捨てにすると日本ではどういう教育を受けておるんだ、という事になりますよ」と言いました。そうでしょう。初対面の年上の人に、姓じゃなくて名前を呼び捨てにするということは、いい風習じゃないと思ったからです。すると、ブッシュ大統領は「私はあなたの事を“ミスター・プレジデ ント’’と呼ぶように教わってきた。ミスター・プレジデント、よろしく」と言ってきたので、私は「トシキ、ジョージで行こう。それでいいんだ」と言ったんです。この事で、グッとお互いの心の距離が縮まった事は事実であります。以後、いろんな事がありましたが、アメリカにもこのティーボールがあるんだそうですよ。聞いたら本当にある。ただ、まだ全米組織にはなっておらんので、日本の代表がもし来てくれるのであれば、アメリカのワシントンの代表チームがお相手して交流試合をやろう、という事になりました。
 ブッシュ大統領はエール大学の野球選手でありましたから、「あんた、ひとつ言い出しっペだから、世界のティーボール協会ができるように我々は一生懸命頑張るから、協会の会長を引き受けてやって下さいよ」って言っておいたのですが、「トシキ、お前も半分責任を持て。共同議長という制度があるから“ジョージ・ブッシュ”と“トシキ・カイフ”がやると言えば、アメリカではみんな10年前から2人の事を知っている。必ず成功する」という事で、実は今年、アメリカがあんな事に巻き込まれなければ、ホワイトハウスで日米交流ティーボール大会が開催できるはずだったんですよ。残念でした。けれども、この話は消えたわけではありませんし、この間もこの件で手紙が来ておりますから、これからも皆さんが努力を積み重ねていけば、今後、日米はもちろんの事、世界の国々にもティーボールの芽が出て、花が咲くでしょう。
 先ほど、荒川先生から話を聞いたら、アフガニスタンへティーボールセットを100組ですか?1000組ですか?1万組?(笑)アフガニスタンへとにかくたくさん用意して持って行って、あの戦火に焼けただれて、そして心の癒しを求めておるアフガニスタンの青少年に、これを送ると。このボールに、「この、ビンラデインめ」と言って打ってもいいし、とにかく何でもいいから精一杯、カー杯、汗を流してアフガニスタンの将来のために頑張れるようにするとおっしゃっていました。非常にいい事であると思います。
 で、今朝起きて、朝日新聞を見たら、見慣れた顔が載っております。前からの写真しか新聞は載せないから、パッと気が付かないけど、横から写せばすぐにシンボルが現れる。読んでみたら、非常にいい事が書いてある(松浪先生関連記事)。どうぞアフガニスタンへそういう経験のある人々が、ティーボールを通じて、日本の真心や、誠意を伝えて下さい。そういった事にも役に立っていきたいと思っております。
 どうぞ皆さん、今日の講演会を有意義におやりいただいて、ティーボールを通して、礼儀を大切にする、ルールを守るという社会の基礎基本をしっかりと子供達に身に付けてさせて、世の中に広めていただきたいと思います。
 私も及ばずながら、明日のティーボールの発展のために協力を誓うのであります。今日は皆さん、ご苦労様でございました。