第12回日本ティーボールセミナー

2005年1月22日(土)開催
日本野球界改革のときに

◆ 楽天はプロ野球を変えられるか ―その底辺拡大は一
◆ 障害者のティーボール大会を企画・運営して


開催要項

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開会式 特別講演
海部俊樹会長

 おはようございます。このティーボールの毎年毎年の会合にも、私には不思議な御縁があって、来られる限りは必ず来ております。ただ去年は無理だったかなぁ? 来たねえ。そして、私の出身を言って申し訳ありませんが、愛知県だったもんですから、一宮市の高校の校長先生にいい人がおって、愛知県の会長をやってもらっておったんですが、残念ですがお隠れになりました。吉村さんに今聞いたら、大学が同期やったとこう言うんですから、吉村さん気をつけてくださいよ、あんたも。そして、冗談はさておいて、このごろ世の中がいろいろと変化して参りました。いいことか悪いことかは、まだ断言できませんけれども、皆さんにとっていいふうに変わったなあと言ってもらえるようにしなければならんと、私たちは考えております。そして、このティーボールをやってもらうこと、確か私の記憶に間違いなければ、一番最初、中学に入って、初めて野球をやる選手が、肩を痛めないようにしなきゃいかん、中学生が初めから連続投球やって、しかもそれが作法にかなっていなかったり、がむしゃらにスパルタ練習をやって肩を壊す。だから、このティーボールでその基礎、基本だけしっかりと身につけてもらうんだ、というお話を聞いて、私はおおいに賛成したんですけれども、この頃どうでしょうか、さっぱり、小学校の児童、中学校の生徒の、初期のところに利用してもらうはずのティーボールが、率直に言いますとね、地方に行くと老人クラブの皆さんが、「海部さん、ゲートボールよりこっちの方が飛んでくだけ面白いわ」と、老人クラブの人の方が一生懸命これをおやりになっておる。それをいけないとは申しませんから、「どうぞやってください」と言っておるんですが、 やがて、これは吉村さんねえ、老人クラブの代表と、それから本当のティーボールの練習生というか実行部隊というか、そういうところとでも試合でもやったら、お年寄りの励みにもなるんですよ。お年寄りというのも、私ももう今、国会の中では一番長老の部類に属するようになりました。失礼な話ですよね、みんな、会って長老長老と呼ぶもんですから、今後長老と言った人には、罰金を1000円ずつ取ると。それを覚悟して言えと。こう言って、笑っておるんですけれども、人生もだんだんと長くなってきますと、自分の健康だけは自分できちっと守っていかなければなりません。そのためにはどうしたらいいかというと、やっぱり体を使って、汗を流して運動することが大切だということを、難しい体育の理論はわかりませんけれども、そういう話を毎年、私のあとでやっておった、・・・今年は来ないな松浪は。そういうことも、今日のような太陽を浴びながら、体ごと動かすということが、非常にいいことのようであります。私は、どうぞルールを守って、精一杯、カー杯、 頑張ることが大事だということを、次の世代の人々には十分身につけて、社会人として頑張ってもらいたいなと思っております。今日はこれだけご挨拶したらもう、役目を終わって帰ってもいいはずなんですが、一つだけ、ここは時間をいただいて、コマーシャルをやらしていただきます。
 今日まで海部俊樹と言えば、皆さんの前に立つ時には必ず、水玉のネクタイをして出て来たんです。そしてその水玉のネクタイは、国会議員になってから40何年間、これはいつもつけておりました。だからおかげさまで、随分有名になっておったもんですから、外国でもみんな覚えてくれて、中国で今度、北京でオリンピックをやります。上海で万博をやります。それを兼ねて行ったら、北京の大幹部がそれを調べあげて来て、見たらみんな水玉のネクタイで出てきたんですよ。それで、僕に、「海部さん、あんたは今日はそのおかしなネクタイは何だ」と言いましたから、ああ水玉じゃないのは、2005年の愛知万博というのが愛知県で行われると。そしてこれはそのマスコットキャラクターのキッコロとモリゾーという、大変可愛いアレであると。そう思って締めて来たから、皆さん、気が付いてくださってどうもありがとうと。これだけ言ったんです。まだまだちょっと、盛り上がりは上手くいっておりますけれども、盛況するのかどうかは、非常に分母が少ない国だけに、お隣の中国の計画と比べてみると、日本はまだまだ動員力が足らないようであります。全力をあげて頑張っていきますから、どうぞ、皆さんもそれぞれの立場で頑張ってくださいよ。
 そして、ティーボールもできたら、あそこ、広い場所がありますから、昔の愛知県平和公園ですからね。そこでいっぺん、何かやってください、考えて。あそこにはみんな、知事以下、市長もみんな、頑張ってやってますけれども、体ごと参加して動くということがいかに大事か、みんなよく分かっていることでありますから、万博だけじゃなしに、そういった時に利用してやってもらいたい。脱線するようですが、ティーボール協会の10周年 記念かなんかに、組織を拡大して、アメリカにもティーボールをやる人がいるというので、私のかつてのカウンターパートであった、ジョージ・ブッシュ、今の大統領のお父さんのほう、41代大統領です。その41代大統領といろいろ交渉してきたら、日本の代表をアメリ力に送ってくれたら、ホワイトハウスの一角にティーボールの練習場があるから、そこを開放して試合をやろうじゃないかと、いうようなことまで調子良く出て来たのでありますから、さあというので、私は吉村さんや荒川先生に、あんた方も日程空けて飛んで来て、OB代表として参加せにゃいかんよと。相手はとにかく大学の野球部出身の専門家ですから、負けたら赤っ恥かきにいくようなものですけれども、まあやろうよと言ったら、むこうもその気になって、場所まで決めてくれたんです。ホワイトハウスの中にちゃんとそれはありますけれども、今、イラクとああいう状況になってしまって、ティーボールの練習試合をやったということが分かると、今世の中大変難しいし、うるさいですから、叱られます。だからこれは世の中もう少し、落ち着いてからこの話は引き続いてやっていこうと思います。数年先になると思いますが、どうぞひとつその時はよろしく御協力お願いいたします。そのためにも今日はひとつ皆さんの経歴の一里塚として、十分にここで身につけて実演していただきますように、ティーボールの益々の発展というものを、心から期待と祈念をいたしまして、最初のご挨拶に変えさせていただきます。どうもありがとうございました。