3月26日 侍ジャパン世界一、「一番センター、ヌートバー!」 最高のリードオフマンでした。これからも応援します。
WBCは日本の優勝で幕を下ろしました。数々の名場面を、時には涙を流し、笑い、悔しがり、この一か月間、テレビの前で幸せな日々を過ごさせて頂きました。「野球」をアメリカの「ベースボール」を堪能致しました。選手の皆さん、監督、コーチ、関係者の皆さんありがとうございました。
今日から、この「理事長からのメッセージ」では、10回ほどに渡って「WBCと私」「WBCと日本ティーボール協会」と題して、それぞれの選手や監督コーチの活躍を思い出しながら、書いてみようと思います。
先ずは、「一番、センター ヌートバー」から。ヌートバー選手、凄い! 英語でワンダフル! ブラボー! テリフィック・アンド・ビウティフルでした。プレイハード(一生懸命)、ハッスル、グッド・ヒット、ダイビングキャッチ、それもツータイム(2回も)、スマイル、スマイルもツーグッド(非常に良かった)です。私の下の娘は彼の大ファンになりました。私は、フットボールの名選手(クオーターバック)が野球を選んでくれてありがとうです。
私が最も印象に残ったのは、3つ。1つは、WBC第1回戦の中国戦、先頭打者でセンター前ヒット。勢いが出ました。侍ジャパンのリードオフマンとして、最高の仕事をしてくれました。お陰で日本チームは素晴らしいスタートが切れました。
2つは、2度にわたるセンター前へのヒット性の打球をダイビングキャッチ。彼は何かを持っています。相手打者のヒット性の打球が、ファインプレーできる位置に飛ぶのですから。アメリカのスポーツバーでも頻繁にこのプレーは放映されています。
3つは、アメリカ戦でのセカンドゴロを全力疾走、その間に三塁ランナーがホームに生還、貴重な追加点を挙げるのに貢献しました。対アメリカ戦。彼の国籍はアメリカ、そのチームを相手に、日本の1番打者として、どのような姿勢でプレーするか、興味がありました。彼は日本もアメリカもリスペクトしながらプレーしていました。益々ファンになりました。
彼のお母さんも有名になりました。明るいですね。笑顔が素敵です。彼女は埼玉県東松山市出身、東松山女子高校ではソフトボール部。このチームの今の監督は、日本ティーボール協会評議員で中級公認指導者資格を有する畝森先生。昨日先生に電話しました。今年の「全国小学生ティーボール選手権大会」にソフトボール部員はボランティアとして、西武のドームに来てくれますか。返事は即答でOK。そして、私が「今、東松山はヌートバーフィーバーで大変だなあ」と言うと、「先生!そうなんですよ。新聞報道以上の盛り上がりです。実はヌートバーの従妹も我が母校の出身でソフトボール部です」だって。
この日本協会東村山市の事務所は、しばしば東松山市と間違えられます。以前、埼玉県東村山市という宛名で、この事務所に手紙が届きました。志村けんでおなじみの「東村山音頭」の歌がヒットしても、東村山市を、埼玉県と思っている人がおられるのですね。
東松山市と野球の関係は、ヌートバー選手やお母さん以外でも、有名なものがあります。それは「箭弓神社」(これをやきゅう神社と読みます)があることです。東京の多摩地区初め埼玉の野球関係者が必勝祈願に訪れます。ヌートバー選手とお母さん、そして野球とソフトボール、ティーボール大会、不思議な関係がそこにはあります。
ヌートバー選手が3週間ぶりで、カージナルスのキャンプ地に戻ると、アメリカでも大変な盛り上がり。テレビで観ました。「ヌー!」、「ヌー!」、「たっちゃん!」の声があちこちから聞こえました。「ジス・ガイ(この男)2週間で国際的スパースターに変身した」と報じています。皆さん、知っていますか。彼のカージナルスから頂いている年俸は、確か9,500万円。これは恐らく侍ジャパンのスターティングメンバーでは最低ではないでしょうか。その選手がこの活躍。嬉しいですね。日本に来れば、今だったら、この年俸の3倍くらいは頂けるでしょう。関西人は嫌ですね、すぐ、年俸に話になりますから。スミマセン。
ヌートバー選手とお母さんから頂いた数々の素晴らしい思い出を、ありがとうございました。来年の初詣は、東村山市の「八坂神社」の後に、東松山市の「箭弓神社」に行くかどうか、これからゆっくり考えます。
今年は、ヌートバー選手のカージナルスでの活躍をチェックするのが楽しみです。日本でのカージナルス戦の放映も増えるでしょう。笑顔が増えますね。良いですね。サンキュウ、39、ありがとう!